2009/09/09

哀しき熱帯 : 嵐 01

Tristes tropiques



「智子、頼む助けてくれ!」

「はぁ?」

久しぶりに聞く南国の声。彼の声が私を遥か南に連れ去る。

「何? 何があったんだい?」



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 青い海原を風を切って進む船。
 時折大きな波にゆられて下腹部がキュンとなる。

 大きな波の度に、客席で大きな声が起こる。

 体質のせいなのか、全く船酔いというものに無縁な僕は呑気に海原を眺めていた。
 しばらくすると島影が見えてくる。

 その島には全くと言って良いほど起伏が無い。もし草木が生えていなかったら、それが島だとわからなかっただろう。島は水の上の油みたいに薄く広がっていた。

 港の中に奇妙な形の大岩が見え始めると、船が減速し、回頭し始めた。ゆらゆらと揺れながら次第に桟橋に近づい行く。船員が、手際良く船の側面に緩衝をおろして行く。桟橋からロープが投げ込まれると、がこんと一つ大きく揺れ、船が桟橋に接岸した。クーラーのきいた船内から表に出る。船のエンジン音とむせ返るような油の匂いが鼻につく。船員に案内されるまま海をひょいと跨いで到着だ。

 桟橋から少し離れると、途端に目眩のようなものを感じ始めた。

 これも体質なのか僕は陸酔いが激しい。陸酔いを体験した事の無い人の為に説明するのは少し難しい。船から陸に上がったあと、まだ船に乗っているかのような揺れを激しく感じたりする。ひどい時は立っていられなくなる程だ。こう言えば通じるかもしれない。子供の頃海に遊びに行った時の事を思い出して欲しい。家に帰り風呂にも入って眠るその瞬間。蒲団の中でまるでまだ海の中で波にゆられているような感覚を覚えているだろうか?

 陸酔いはあれによく似ている。

 少し座って休みたい。そう思ってあたりを見回すと、どうやらカフェらしい、「コーヒー」「オリオン」「八重泉」とカフェなのか居酒屋なのか節操の無いのぼりが通り沿いに立ち並び、その奥に薄汚れたコンクリートの家屋を見つけた。丁度良い、少しコーヒーでも飲んで行こう。熱いのが良い。クーラーで冷えた体を温めよう。

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