2009/09/23

哀しき熱帯 : 嵐 02

「隣座って良いですか」

「うん?」

「さっきもうちの店に来てくれましたよね?」

「ああ、そうですね」


Tristes tropiques



彼の第一印象は変な人、だった。気温は30度を超えた正に真夏日。

ジーンズに長袖のシャツ。それからカメラでも入っているのだろう、大きな荷物。

見ているだけでこっちが暑さに参ってくる。かといって汗をかいてるようでも無く、汗腺がダメにでもなってるんだろうかと疑った程だ。

北国の人なのか、もしかしたら外国の血が混じっているのかもしれない。
色白で少し彫りが深い顔になんだか不思議な雰囲気を漂わせていた。

開け放した窓のそばの席に彼が腰掛ける。

風がツンと海の香りを運んで来た。

「いらっしゃいませ」

お冷やをテーブルに置き、メニューを彼に差し出す。
彼が顔を上げ、私の目を見て言う。「ありがとう」そうそう人生経験が豊富というわけでも無いけれど、たかがウエイトレスにちゃんと目を見てありがとうと言う人は少ない。

へぇ、あんがいしっかりした人じゃ無いか。

彼がメニューに目を落とし、再び顔を上げると私にこう言った。

「エスプレッソ下さい」

 予想外の答えに自分の耳がおかしくなったように思う。
厨房を振り返るとおじぃが首をひねっているのが見えた。

「あの、エスプレッソはアイスとかが無くて、ホットなんですが」

「ええ。ホットので」

 不思議な物を見るような目で彼が私を見つめる。再び厨房を振り返るとおじぃがうなずくのが見えた。
 壁にかかった温度計を確認すると 32℃ 。

間違いない。

今日は真夏日で、Tシャツが汗で張り付いて気持ちが悪いのも夢じゃない。

「かしこまりました」

 彼に一礼し、きびすを返し厨房へ戻る。
 好奇心が沸々とわいてくるのを感じ、思わず顔がにやけた。

 そして数時間後、再びやって来た彼が遅い昼食に冷やし中華を食べた後、声をかけてみたわけだ。

photowalker icon


photowalker, originally uploaded by photowalker.

大学の時の後輩が作ってくれました。

ありがとー!

2009/09/09

哀しき熱帯 : 嵐 01

Tristes tropiques



「智子、頼む助けてくれ!」

「はぁ?」

久しぶりに聞く南国の声。彼の声が私を遥か南に連れ去る。

「何? 何があったんだい?」



-------



 青い海原を風を切って進む船。
 時折大きな波にゆられて下腹部がキュンとなる。

 大きな波の度に、客席で大きな声が起こる。

 体質のせいなのか、全く船酔いというものに無縁な僕は呑気に海原を眺めていた。
 しばらくすると島影が見えてくる。

 その島には全くと言って良いほど起伏が無い。もし草木が生えていなかったら、それが島だとわからなかっただろう。島は水の上の油みたいに薄く広がっていた。

 港の中に奇妙な形の大岩が見え始めると、船が減速し、回頭し始めた。ゆらゆらと揺れながら次第に桟橋に近づい行く。船員が、手際良く船の側面に緩衝をおろして行く。桟橋からロープが投げ込まれると、がこんと一つ大きく揺れ、船が桟橋に接岸した。クーラーのきいた船内から表に出る。船のエンジン音とむせ返るような油の匂いが鼻につく。船員に案内されるまま海をひょいと跨いで到着だ。

 桟橋から少し離れると、途端に目眩のようなものを感じ始めた。

 これも体質なのか僕は陸酔いが激しい。陸酔いを体験した事の無い人の為に説明するのは少し難しい。船から陸に上がったあと、まだ船に乗っているかのような揺れを激しく感じたりする。ひどい時は立っていられなくなる程だ。こう言えば通じるかもしれない。子供の頃海に遊びに行った時の事を思い出して欲しい。家に帰り風呂にも入って眠るその瞬間。蒲団の中でまるでまだ海の中で波にゆられているような感覚を覚えているだろうか?

 陸酔いはあれによく似ている。

 少し座って休みたい。そう思ってあたりを見回すと、どうやらカフェらしい、「コーヒー」「オリオン」「八重泉」とカフェなのか居酒屋なのか節操の無いのぼりが通り沿いに立ち並び、その奥に薄汚れたコンクリートの家屋を見つけた。丁度良い、少しコーヒーでも飲んで行こう。熱いのが良い。クーラーで冷えた体を温めよう。