僕は彼を結局好きにはなれなかった。
とにかく粗暴でずる賢く、それでいて繊細な心を持った厄介な奴としか僕は思っていなかった。
黒く焼けた肌、歯が抜け歪んだ口元に、鋭い目、かつては白かったであろうノータックのパンツ、絵に描いたような七三分けの髪の太った中年。
それが彼だった。
彼はいつも鏡を見る。
髪を櫛で綺麗に梳かし時間を忘れ鏡を見つめる彼。
僕がカメラマンであるという事を知ると、会う度に僕に写真を撮れとせがんだ。初めのうちこそ気持ちよく撮っては来たが、度を過ぎた頻度で行われるため、そのうち僕も辟易としはじめ、そのナルシズムにぞっとした。
彼の粗暴な人格や世間の評判を聞くうちに、僕自身も彼に会いたいとは思わなくなったし、そうそう会う事も無かったのだが、後にも先にも、写真家である僕に写真を撮る事を嫌がらせたのは彼だけかもしれない。
彼に直接その理由を聞いた事は無い。
一目見ればわかる程に、彼の身体には特徴的な欠損があった。
共通の知人に尋ねたことがある。彼は自分の一部を自分で " 噛み " 切ったそうだ。
それが本当の事かどうか僕は知らない。また、彼には臍がもう一つあるという話も聞いた。
やはり自分で腹に刃物を突き刺したそうだ。
一度だけその傷を見た事がある。
シャツをだらしなく(彼的にはセクシーに)着こなした彼が、うん、と伸びをした際、確かに臍の上にもう一つへそのような傷跡がちらりと見えた。
今年の春、彼は刃物で自分で斬りつけた。傷口は数十カ所に及んだという。
このとき一命は取り留めたのだが、その後処方された薬を大量に飲み干し他界した。
彼は傷だらけでいつも何かに怒っていたし、いつも何かを恐れていた。
それも激しく。
自分の身体を歯で噛み切り欠損させる程の激情など、僕には想像も及ばない。
のどかな南国の島々の風景と、彼が出会った物語があまりにかけ離れすぎていて戸惑う。
蝉の鳴き声も聞こえない、音が焼けそうな程の強烈な夏の日差しを思い出した。
2 件のコメント:
なんか、詩人みたい。かっこいい
いやー、そんな事無いです。文章を書くのにいつも苦労しています。
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