2009/01/02
不況とか。
日比谷公園では年越派遣村なるものが出来ているそうです。
企業の派遣切りが各地で話題になっています。
視点・論点 派遣切り (湯浅誠)
彼の言っている事はわかります。
言ってる事はわかるのですが、これは僕が経済に弱いからかもしれません、いまいちこう気持ちの悪さを感じるのは確かなんです。なんというか怒りの矛先がずれている様な。
2ちゃんねるでは、年越派遣村に対し厳しい意見が続々と届いているようです。
参考痛いニュース
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1205490.html
ざっと読みましたが、言っている事はわかります。厳し過ぎる意見とも思えるものもいくつかありますが、上に書いた湯浅誠さんが言っている事より、第一印象として僕の意見はこちらに近い感じます。
正直なところ、僕からするとチーム -6% とか eco なんとかとか、胡散臭い。
製造業に携わる派遣の人からしたら申し訳ない意見なのはわかってるけれど、僕からしたら「地球が大事なら車作るの作るの止めればいいだろ」って話です。
話がずれましたが、2ちゃんねるでは第一印象どまりでそれ以上の事を知る事が出来ません。
経済に全く弱い僕ですが、最近本屋でタイトルに恐慌とつく本を良く見かけます。
大恐慌・世界恐慌再び、みたいな。
眉唾だわ。
僕はアメリカで起こっている事を単純に思っていて、住宅バブルが崩壊して(サブプライムローン)、よくわかんない金融商品が売れなくなった(リーマン)。日本で起こってるのはアメリカで起こった出来事をきっかけに、円高が進んで、輸出バブルの崩壊し、TOYOTA や CANON みたいな日本で作って輸出に利益を頼ってた会社が軒並みダメージを受けた。
1930年に起こった事と状況も違うと思っていて、同じ様な世界恐慌が起こるのかっていうと僕には難しすぎてよくわからないし、ただ不安を煽って底につけ込む商売ってのはいつでもあるから、そういうたぐいのものじゃないの、くらいにしか思ってません。
僕自身、ここ最近まで経済や商売について興味がなくて知らない事が沢山あります。
これをきっかけに、自分でわかる範囲で今起こっている出来事を知ってみようと思います。
明けましておめでとうございます。
皆様あけましておめでとうございます。
今年は練馬の大鳥神社と白山神社にお参りに行きました。
白山神社でのお参りにはちょっと感動。
あー、日本本土に帰って来たんだなと実感しました。
祭囃子に寿神と獅子舞が現れる様子。
石垣島でのお祭りとどうして比べてしまいますが、どこか厳かで静かなお正月。なんかしんみりとしてしまいます。
草も木も同じ恵みの時を得て
野山の春は風ものどけし
今年のおみくじび運勢は大吉。
昔は大吉しか引いた事が無くて大吉以外に入っていないと思ってたんですが、ここ数年は小吉とか凶を引いていた様な気がします。なんだか久しぶりの大吉。
願望 人に頼る必要なく成就する
交際 孤独で良い。きつと良友現はる
縁談 あせらず時を待つがよい
産児 早く産まれる。産まれたこの健康に注意
事業 準備を完全にしなさい
試験 先輩の助言を信じて努力すれば可
病気 注意を怠るな。油断して思はね失敗
転居 あわててはいけない
懐疑は知識の元だ。然し真の幸福は神を信ずる安定心より産まれる。人間の力に際限のある事は知識に限界のある事からわかる。新興は感謝の念を高め、真の幸福を知る。
ということでした。
さて、以下はメモ。
日本人でありながらお参りの作法も僕は知りませんでした。
これってちょっと恥ずかしい。
で、同じ過ちを繰り返さないように検索してメモしておこうと思います。
### 以下引用
1.まずは一礼から
境内に入る前に神社の場合は鳥居に、お寺の場合は山門に軽く1礼するのがマナー。
これは鳥居・山門は聖域と外界の分かつ境目であり、聖域へ入る際の神や仏に対しての挨拶を意味する。
2.手水舎で手を清める
手水舎(てみずや)で参拝の前に身を清めましょう。
(*水を汲むのは1回のみです)
① 右手で柄杓を持って左手を洗い、
② 左手で柄杓を持誓えて右手を洗い、
③ 右手に柄杓を持ち替えて左の手のひらに水を受け、それを口に含んですすぐ
④ 柄杓を立てに持って柄の部分に水を流す
⑤ 柄杓を元の場所にふせて置きます。
③ の口に含み・・が正式ですが生水に抵抗ある方は
くちびるを濡らす程度でもいいですyo^^
3.ローソクやお線香を奉納する場所がある場合。
・お線香は神仏の食べ物とされておりなるべく立ててあげる
・他人のロウソクから火を点けない。その人の「業」を貰うとされています。
4.いよいよ参拝。
手水で心身ともに清めたら、神前に向かいますが、参道の中央は避けて通ります。正中(せいちゅう)と言って、神の通り道とされておりそこを避けて歩くことが礼儀です。あとこの部分は神社とお寺では作法が違いますので注意です。
神社の場合は「2礼2拍手1礼」(出雲大社等の例外もあります)
① 軽く会釈をします。 賽銭を投じ、鈴を鳴らします。
② 頭を深く二回下げます(2礼)。
③ 手を合わせます。右の掌を左に対して少し引き、柏手(かしわで)を二回打ちます(2拍)。
・ここで祈願等を行います。
④ 頭を深く下げます(1礼)。
お寺の場合は「1礼」
① 軽く会釈をします。 賽銭を投じ、鈴を鳴らします。
② 胸の前で合掌して祈願→軽く1礼
神社のように拍手を打つのは失礼にあたるので注意しましょう。
### 引用ここまで
### 引用先 URL http://goukin.exblog.jp/6626429/
2008/12/30
prince of sun.
石垣島の風土と、石垣で得た二人の朋友から学んだ事は家族と祖先の事についてだ。
二人は性別も年齢も違う。
詳しくは無いのだけれど、それぞれが、それぞれの家族との間に問題を抱えているのを僕は知っている。
僕が驚いたのは二人が目指すのは同じ場所なのに、二人の問題への向き合い方は全く逆方向で、しかしながら、その力は常に全力だった。
激しさはもちろんの事、マイノリティの中のマイノリティであった事や、二人が持つ独特の包容力、二人の優しさ、気は強いのに気が小さいところなんかも、二人は良く似ていると思う。
年の瀬、二人は何をしてるのだろう?
母親に手製のそばを作ってるのだろうか?
それとも夜勤で働いてるのだろうか?
二人の事を思い出すと、胸がギュウっとなる。
師走とは言うけれど、本当に忙しい日々だった。
心が亡くなると書いて忙しいと読むけれど、本当に亡くなるかと思う程、仕事も私生活も緊張を強いられる日々が続いた。
ここで多くは語らないけれど、母の強さを本当に誇りに思う。
もし今、そうなっていれば僕は本当に心を亡くしていただろう。
禍福はあざなえる縄のごとしというこれど、その人の禍福はその人だけのものでなく、かかわり合う人々の禍福ですらある。
「こういうのは順番なのよ」と彼女笑って言う。
今際の際に言葉を交わせるのなら「また、息子にしてね」と僕は伝えるだろう。
たしかにその通りで、こういうのは順番があるし、いずれ僕にもその順番は慌てなくても必ずやってくる。
帰れない事をこんなに嘆いた事は無かったし、還る場所があるという事をこんなに感謝した事は無い。
最後の最後で、凄く救われたし、いままで気がつかなかった自分自身の力にも気がつく事が出来た。
今日、関わってたスタジオがようやく仕事納め。
やっと、自分の仕事ができる。
たまっていた分も仕上げよう。
それでは、みなさま良いお年を!
2008/12/03
DSC_7777
僕が使っているカメラのファイル名はデフォルトのまま連番で生成するように設定されている。つまり、一枚目のファイル名はDSC_0001.nef 。これからはじまって、DSC_0002.nef DSC_0004.nef DSC_0004.nef .... こんな感じだ。
ここ数日、どうしようもなく不幸な気分に苛まれていた。誰も悪くないのが許せなくて、やるだけのことをやったって自分を慰めて、ふと上を見上げたら月が笑ってた。
微笑んでる月を撮って、後で画像を確認したら、ファイル番号が 4度目の7777だった。
今度、この写真の様な状態、月と木星と金星がちょうどこの関係になるのは2035年という事らしい。
26年後、再び笑う月を見る頃、もう少しぐらい僕は良い男になってるだろうか。