石垣島の風土と、石垣で得た二人の朋友から学んだ事は家族と祖先の事についてだ。
二人は性別も年齢も違う。
詳しくは無いのだけれど、それぞれが、それぞれの家族との間に問題を抱えているのを僕は知っている。
僕が驚いたのは二人が目指すのは同じ場所なのに、二人の問題への向き合い方は全く逆方向で、しかしながら、その力は常に全力だった。
激しさはもちろんの事、マイノリティの中のマイノリティであった事や、二人が持つ独特の包容力、二人の優しさ、気は強いのに気が小さいところなんかも、二人は良く似ていると思う。
年の瀬、二人は何をしてるのだろう?
母親に手製のそばを作ってるのだろうか?
それとも夜勤で働いてるのだろうか?
二人の事を思い出すと、胸がギュウっとなる。
師走とは言うけれど、本当に忙しい日々だった。
心が亡くなると書いて忙しいと読むけれど、本当に亡くなるかと思う程、仕事も私生活も緊張を強いられる日々が続いた。
ここで多くは語らないけれど、母の強さを本当に誇りに思う。
もし今、そうなっていれば僕は本当に心を亡くしていただろう。
禍福はあざなえる縄のごとしというこれど、その人の禍福はその人だけのものでなく、かかわり合う人々の禍福ですらある。
「こういうのは順番なのよ」と彼女笑って言う。
今際の際に言葉を交わせるのなら「また、息子にしてね」と僕は伝えるだろう。
たしかにその通りで、こういうのは順番があるし、いずれ僕にもその順番は慌てなくても必ずやってくる。
帰れない事をこんなに嘆いた事は無かったし、還る場所があるという事をこんなに感謝した事は無い。
最後の最後で、凄く救われたし、いままで気がつかなかった自分自身の力にも気がつく事が出来た。
今日、関わってたスタジオがようやく仕事納め。
やっと、自分の仕事ができる。
たまっていた分も仕上げよう。
それでは、みなさま良いお年を!
2008/12/30
prince of sun.
2008/12/03
DSC_7777
僕が使っているカメラのファイル名はデフォルトのまま連番で生成するように設定されている。つまり、一枚目のファイル名はDSC_0001.nef 。これからはじまって、DSC_0002.nef DSC_0004.nef DSC_0004.nef .... こんな感じだ。
ここ数日、どうしようもなく不幸な気分に苛まれていた。誰も悪くないのが許せなくて、やるだけのことをやったって自分を慰めて、ふと上を見上げたら月が笑ってた。
微笑んでる月を撮って、後で画像を確認したら、ファイル番号が 4度目の7777だった。
今度、この写真の様な状態、月と木星と金星がちょうどこの関係になるのは2035年という事らしい。
26年後、再び笑う月を見る頃、もう少しぐらい僕は良い男になってるだろうか。
2008/11/25
2008/11/22
上へ。
何を言っているかわからないと思いますが、僕も何をされたのかわかりません。
落ち着いて考える時間もなく、慌ただしい日々を現在送っています。
2008/11/10
久しぶりに物撮り奮闘記
最近、ゴルフクラブを撮ってます。
皆さん知ってますか?
昔のゴルフクラブって表面がマットな仕上がりだったとおもうんですが、ここ最近の流行は鏡面仕上げとかで、ドライバーの全面鏡面仕上げで非常にカメラマン泣かせなものになってます。
もう本当に、何処をどうしてもぜえっったいに何かが映り込んでしまって、その映り込みをどういう風にカバーするか、が腕の見せ所なわけなんです。
で、人からゴルフクラブを借りて研究する事数日。
まだまだテスト段階で、垂直もとれてないし、ハイライトの位置もいまいちだけどそこそこ撮れてるものが出来ました。
上の写真殆ど映り込みが無いと思いますが、画像処理による映り込みのレタッチは全くしていません。
トリミングとRAWのパラメーター調整のみ。
で、実はこれめちゃめちゃ簡単な機材設定で撮ってます。
実に簡単で、ロケ先に道具を持ち込んで数分でこんな写真を撮る事だって可能なんですよ。
でもたぶん、みんな似た様なことやってるんだろうなー。と思いつつも、良さげなセッティングを見つけたので、もうちょっと研究してバリエーションを作ってみたいと思ってます。
ちなみに写真だとマットな感じに見えますが、これ本当は自分の顔が映る程度には鏡面仕上げなんだけど、鏡面仕上げにあんまり見えないのがちょっと気になる。
んー、映り込みを回避しようとすると鏡面仕上げっぽくなくなっちゃう。
これをどうにかしたいなー。
2008/11/09
2008/11/03
google map の危険性
google map はユーザーが自分で地図を作る事が出来るんだけど、ユーザーが作った地図でおかしな奴を発見。
なんて事は無い、内容はユーザーの知人・親族が何処に住んでいるかを地図にしたものだ。
問題なのは、これが僕から見えている事。
ステータスを見るとこう書いてある。
5,404 ビュー - 非公開
7月13日作成 - 10月25日更新
僕が見た地図は「非公開」に設定されている。
実は僕は腕利きのスーパーハッカーで彼のユーザーIDとパスワードをハックしたという事実はなく、ステータスは飾りで非公開に設定されたはずの地図が誰からもアクセス出来る状態になっているってこと。
うーん。
2008/11/02
24を見る。
24を見ていて思ったのは、一番悪いのは主人公の娘のキムだと思うんだ。
なんていうの、よけいな事し過ぎ。
頼むから、大人しくしていてくれって見ながら突っ込み入れてます。
もし、キムがいなければ24は、12ぐらいで話がすむんじゃないだろうか。
そのくらいトラブルメーカー。土佐弁で言うところの「いらんことしぃ」
やっぱり仕事の合間にですが、引っ越しをする為に物件情報を探しています。
でね、最近の不動産屋さんはすばらしくて、メールでいろいろと情報を随時くれるんですよ。
これは非常に助かります。
って、明日は撮影だ。
24を見てる場合じゃないな。
早く寝よー。
2008/10/31
D300 のファームウェアがver1.10にアップデート
ニコンユーザで良かったよ。
で、愛用のD300を早速アップデート。
以下は公式サイトから引用。
【ファームウェア A:Ver.1.03 / B:Ver.1.03から A:Ver.1.10/B:Ver.1.10 への変更内容】
・ [再生メニュー]の[再生画面設定]の[ハイライト]を、[標準表示への情報追加]から[画像情報表示への追加]に変更しました。
・ [カスタムメニュー]の[カードなし時レリーズ]を[レリーズ許可]にしたとき、再生画面に表示される「デモモード」の大きさと色を変更しました。
・ [撮影メニュー]の[ISO 感度設定]にある[感度自動制御]の[低速限界設定]を 1/250~1 秒 から 1/4000~1 秒に変更しました。
・ ライブビュー撮影の[手持ち撮影]モードで、拡大表示後に AF でピントを合わせると全画面表示に戻る動作を、AF 前の拡大率のまま表示するように変更しました。
・ [再生メニュー]の[縦位置自動回転]を[する]に設定しても、撮影直後の画像確認時は自動回転しないようにしました。
・ [セットアップメニュー]に[著作権情報]を追加しました。また、[著作権情報]設定時に情報画面にCマーク(©)を表示するようにしました。
・ [マイメニュー]の機能を、[最近設定した項目]に変更できるようにしました。
・ [マイメニュー]の[マイメニュー登録]にて、[カスタムメニュー]の[e フラッシュ・BKT 撮影]内から[e3内蔵フラッシュ発光](外付けスピードライト装着時は[e3 外付けフラッシュ発光]) の設定が登録できるようになりました。
・ [撮影メニュー]の[高感度ノイズ低減]を設定しているときに、情報画面で[高感度ノイズ低減]の強弱の設定を確認できるようにしました。
・ [セットアップメニュー]の[ワールドタイム]の[現在地の設定]で Ankara、Riyadh、Kuwait、Manamaを追加しました。
・ GPS使用時にて、方位データが無い場合は、[セットアップメニュー]の[GPS]の[情報表示]の方位を「---.--°」と表示するようにしました。
・ PC-Eレンズを使い、Camera Control Pro 2(Ver.2.2.0) 以降でライブビュー撮影をする時に、パソコンから絞りを変更できるようにしました。
・ ダイナミック AF 時の捕捉性能が向上しました。
・ コントラスト AF 時の合焦性能が向上しました。
・ オートホワイトバランスの性能が向上しました。
・ GPS 情報の緯度・経度表示の「秒」の 3 桁目を、切り捨てから四捨五入に変更しました。
・ MB-D10 で単三電池を使用している場合、情報表示画面で[MB-D10 電池設定]の設定が確認できるようになりました。
・ 長秒時ノイズ低減機能を ON にして、撮影モード M、Bulb で、シャッタースピード 8 秒未満で撮影すると、ノイズが増えてしまう不具合を修正しました。
・ ミラーアップ撮影モードで撮影中、30 秒でタイムアウトとなった場合、設定したシャッタースピードでシャッターが切れない不具合を修正しました。
・ 下記の設定で、撮影直後の画像確認「する」に設定していたとき、撮影後すぐに「拡大ボタン」を押すと異常画像が表示される不具合を修正しました。
- 画質モード:RAW+JPEG
- RAW記録方式:ロスレス圧縮 RAW、または圧縮 RAW
- 画像サイズ:S または M
・ スピードライト SB-800 を取り付けて、距離優先マニュアル発光モード [GN]モード に設定したとき、カメラの半押しタイマーを オフからオンにすると、SB-800 の距離表示が変更されてしまう不具合を修正しました。
この更新の中で良いなーと思ったのが、
・ [再生メニュー]の[縦位置自動回転]を[する]に設定しても、撮影直後の画像確認時は自動回転しないようにしました。
・ [セットアップメニュー]に[著作権情報]を追加しました。また、[著作権情報]設定時に情報画面にCマーク(©)を表示するようにしました。
・ [マイメニュー]の機能を、[最近設定した項目]に変更できるようにしました。
このあたり。
取材撮影では編集さんと一緒に取材に回ったりするんですが、絵を確認してもらうのに画面を見てもらう事が多々あります。撮影直後の縦位置の画像を見せる時に
・ [再生メニュー]の[縦位置自動回転]を[する]に設定しても、撮影直後の画像確認時は自動回転しないようにしました。
これはいいね。三脚を立ててる時には首を傾げないと行けないけど。
あと、仕事で撮ったデータはDVDに焼いて送るのが基本だけど、DVDにのラベル、ケースに撮影者の情報や連絡先を必ず書いてます。で、ファイルにもメタデータとして撮影者の情報なんかを加えてました。僕の名前と連絡先くらいの情報を貼付けておくと、何かと便利かなと思って、続けてます。
・ [セットアップメニュー]に[著作権情報]を追加しました。また、[著作権情報]設定時に情報画面にCマーク(©)を表示するようにしました。
これがあると、今までは取り込む時にメタデータとしていちいち登録していた作業が少なくなって良いです。
・ [マイメニュー]の機能を、[最近設定した項目]に変更できるようにしました。
あとこれは素直に嬉しい。
仕事毎にカメラの設定を微調整していますが、この最近設定した項目ってのがあるとかゆいところに手が届いていい具合。
その他諸々、AF・WBの性能向上もまだ試してないからわからないけれど期待しています。
2008/10/27
ハロウィンパーティー
先日友人に連れられてハロウィンパーティーに行ってきましたが、今日は全然違う話。
先日、新宿のある出版社に営業に行ってきました。
担当の方には写真を気に入って頂いたようで話し込む事40分。
で、その日は別件で打ち合わせがあったのですが小一時間ほど時間があったのでどうしようかなと、新宿三丁目の駅まで歩いていました。
そこでふと、80円の自動販売機を見つけたんです。
あ、珍しい、と缶コーヒーを買ってみました。
喉も乾いた事だし新宿三丁目の駅の裏の辺りに座って時間でも潰そうかと適当なところに座ります。
で、一服。
すると、何やらえらくフレンドリーなおじさんが近づいてきます。
「やぁ、何してるの?」
「え? ああ、約束の時間まで暇があるので時間をつぶしています」
「へぇ、それよりさ、ちょっと隣良いかな?」
「は?」
と、そのおじさんは僕の直ぐ隣に腰をかけます。
僕の反応はおかまい無しです。
つい先ほどクリーニング屋さんから持ってかえってきました。っていうくらい、ノリの効いた、Yシャツが妙に印象に残ってます。
ひっきりなしに僕に話しかけてくるんですが、その勢いに気圧されてしまいます。その内、二人で呑みに行かないか?とか言い始めます。
あの雰囲気をなんと例えれば良いのでしょう。
話が通じません。
「すいません。何かさっきから話が通じない感じがするんですが、何故でしょう?」
ここで、ダンディーマンは気がついたようです。
「!? 君、ノーマルなの?」
「すいません。ノーマルって何がですか?」
「君、自分がいま何処にいるかわかってる?」
「新宿三丁目駅の裏、ですよね?」
「ここは二丁目でそういう場所なんだよ?」
「すいません、わかるように説明して頂けますか?」
ええ、勘のいい方ならここで気がついたと思います。
新宿二丁目と言えば、ホモセクシャルの方々が集う街で僕が時間を潰していた箇所というのは、そういう方々がナンパ待ちをしたりナンパしたり、そういう隠れたスポットだったそうです。
おじさんの態度がみるみる変ります。
憮然としてます。
「あの、おじさん、なんか、ごめんなさいね」
「あ、いえ、別に。じゃぁ。」
と、おじさんはそくささと去って行きます。
おじさんが去った後、僕も慌てて新宿三丁目の駅に向かいました。
マイノリティーのローカルルールなんてわかんねー。
東京の怖さを改めて感じた瞬間でした。
2008/10/24
あゔぁゔぁゔぁゔぁ!
あゔぁゔぁゔぁゔぁ!!
仕事でちょっと失敗。
骨折り損のくたびれ儲けとはこの事で、たまに失敗をしますが、誰かに迷惑をかける前に気がついてよかったズラ。
たまにこうした失敗をしますが、これを機に、いろいろと失敗を封じる手段を作りましたので、僕的には安心のはず。
さて、何を言っているかわからないと思いますが、僕もどうしてこんな事になったのかわからない。
思い込みって怖いね。
さて、最近の話。
1。
少し年の離れた友人と合資会社云々の話が出てきました。
正直、楽しみですよー。
いろいろと、こちらでも調べますー。
2。
何年ぶりかの神前式の撮影がありました。
石垣では神前式の写真なんて聞いた事が無いので、本当に久しぶりの神前式でした。
でね、神前で撮影をするんですが神殿に入った瞬間こう、くしゃみが出そうになるんですよ。ビデオの撮影も入っているのでもう、死ぬ気で我慢。
で、こうした式の場合いくつがルールがある場合があります。
ここからここには入っちゃ行けない、ここからこの間は写真を撮っては行けない。等と言ったルールです。
まさに、撮影をしては行けない儀式、神職の方がおはらいをするわけですが、サッサッとお祓いすると、もうこれは我慢ならんというくらい、くしゃみが出そうになるんです。
僕に何かついていたのでしょうか。
神聖な場所で、神聖な儀式をすると、僕の体から何かが出ようとします。
「お二人、ご親族の皆様ご起立ください」
と、神職の方がおっしゃった瞬間、これは神の助けだと思いました。
ガタガタと、椅子の音が神殿に響くわけですが、今しかないと、くしゃみをしました。口から出すと大きな音が出るのがわかっているので、なるだけ小さくしようと、口に手を当て、口をつぐんだまま。
その瞬間鼻水が手の中にビッシリと。
撮影禁止の儀式はまだ続きます。
そっと、左手をポケットの中のハンカチで拭い、何事も無かったかのように姿勢を正します。
出物腫れ物と頃構わずと言いますが、カメラマンならではの気の使い方という事で。
つづく。
2008/10/13
2008/10/05
2008/09/26
EHATOV のWEB
今まで、考えていたけれど実行に移さなかった自分の事業用の web site の必要性を如実に感じていてですね。ついに、自分のところの web を作ろうと思います。
結論から言うと、このブログは残します。
更新もします。
このブログの右側には、tumblr や twitter そして flickr の rss を読み込んで表示させています。
写真は flickr 、なんでもない呟きは twitter 、そしてネットで見つけた記事や写真、そして僕の日記代わりの tumblr 、ちょっと読み応えのある文章はこの Bloger 。
更新頻度を比べると、tumblr > twitter > flickr = Bloger みたいな感じ。
自分でルールを作って使い分けているんですが、仕事としての窓口がやはり必要なわけで。
という事でつくるぞ。
おー!
2008/09/16
優しい嘘
東京には変な人がいる。
例えばある女の話。
先日大学時代の友人と久しぶりに呑んだ。
現在彼は映像系の会社に勤め、同級生の中ではなかなかの出世頭だ。昔のよしみという事で忙しい時期にも関わらず、わざわざ一緒に呑みに行ってくれたのは彼の人徳だと思う。
ここで仮に彼の名前を大島君としておく。
この場を借りて御礼を二人分申し上げる。
ありがとー!!ありがとー!!
さて、大島の高校時代の友人で数年ぶりの再会という事で、たまたまやって来た女性。
実に優秀な商売人のようで、彼女から聞く商売の話は実に非常にダイナミックで波乱に富んでいる。波乱に富みすぎていて彼女が語る彼女の人生と、その物語の主人公である彼女の姿の間のギャップに僕は混乱した。
繰り返されるね数千万円単位のお金の話。繰り返されるネームドロッピング。
少し前に染め他であろう髪は根元が黒くなり、西友で千円で変えそうなバック。はきつぶしたスニーカー。
彼女は言う「私は疑り深いの。話を聞いただけじゃ信じないし、目の前で見た事も信じない。自分で行動して体験して初めて人を信じる」
彼女は洒落っ気があるいたずら好きな商売人かもしれない。
彼女はオシャレに無頓着な倹約家なのかもしれない。
本当の事は何もわからない。
石垣島からやって来た僕の手前、数年ぶりに再会する同級生の手前、威勢のいい話をしているだけなのかもしれない。
彼女の話を大島はただ単純に真実として扱う。
気を良くした彼女はますます会話のボルテージを上げて行く。
仕事があるらしい彼女は3件目のお店を出た後夜の街へ消えて行った。
頭にいくつかの病名が頭によぎる。
人を病気で見る癖は余り良いことではないと思うけれど、こころの病や人格障害を持つ人と付き合いを仕事をしていた頃の余韻がまだ体に残っている。
仮に彼女の話が嘘だとしよう。
僕と彼女の違いは何かと聞かれれば、それは程度の違いでしか無いようにも思える。
少なからず、不安や恐怖からつまらないウソをついてしまった事が僕にはあった。自分が未熟で幼く何の実績も無い事実が他人に知れてしまうのが怖くて見栄をはったり、自分の弱さを見つめることから逃げてしまうこともあった。
人それぞれ違うけれど、ある種の弱さは誰にだってあるという事を僕は知る年になった。
秋の夜長にそんな事を考えました。
2008/09/09
そして、舞踏家中山直一さん
一つ前の記事の続き。
そして中山直一さん。
この写真たちも以前公開していたが、それとは随分現像結果そしてセレクションも違ってる。
撮影場所は、高知県高知市沢田マンション。
背後に造形物がある写真は造形作家石井葉子さん作品「サワマンサマ」、彼女の協力で撮影出来ました。
その他の中山直一さんの写真はこちらへ
http://www.flickr.com/photos/cumon/sets/72157607072457875/
造形作家 石井葉子さんについてはこちらのwebへ
http://yoko14145.com/
写真のもう一つの面白さ。
東京にやって来て最初に手を付けたのは、自分の過去に撮った写真と向き合うという事だった。
出版社各社に持ち込みに行く為のブック作りでもあるんだけれど、フィルムで撮った写真を延々とスキャンし直し、写真を見まくってる。
自分の、現像・プリントの甘さ、セレクションの甘さと若さを改めて感じた。
最新の現像結果
そしてこちらが以前の現像結果
サイズが違うので見難いとはおもうけれど、これだけ違う。
もちろん見る人の好みの問題もあるけれど、作家として背景にある哲学をどう反映させるか、この写真はそもそも一体なんなのか?
自分の写真は一体なんなのか、そんなことが現像の結果に反映されてくる。
僕にはまだまだ写真という出来事に対する哲学が足らない。
今回の写真、モデルはゆーいち君。
この間一緒に細江英公さんに会いに行きました。
その話はおいおい。
彼の他の写真を楽しみたい方はこちらへ。
http://www.flickr.com/photos/cumon/sets/72157607193749574/
後悔は先にも後にも、
覆水は盆には返らないし、こぼれたミルクは元にかえらない。
落ち込むのは今日までにしよう。
後悔は先にたたないけど、後を絶たずにやってくる。
気がつくと僕は攻撃的で余裕の無い人間になってた。
気がつかせてくれたパートナーと友人にありがとう。
2008/09/08
2008/09/04
FXXK な一日。
一日頑張って仕事して帰って来てからが良くなかった。
風邪を引いて、ふらふらになりながら部屋に帰って来たが、そこからが良くなかった。
一日の終わりが駄目だと本当に駄目な一日になっちゃう。
確かに熱で体がぽっぽぽっぽしてたし、頭もぼーっとしちゃったけど、それでも楽しい事、勉強になった事が沢山あったのに、最後の最後で嫌な目に会うと、一日の全部が台無しになった気分になる。
2008/09/02
あの日、夕暮れ、恵比寿で。
去年だったと思う、二人の友人と東京写真美術館に写真家たちのオリジナルプリントを見に行って来た。
その数ヶ月前に、デザイナーさんのところへ売り込みに行ったら「お前は他の人の写真を見てないだろう。もっといろんな写真を見ろ、目を鍛えろ」とボッコボコにされた。ただ一つ、僕が撮った肖像写真、舞踏家の写真はそれなりに評価してもらえた。その時、写真家細江英公さんと写真集「鎌鼬」の話を聞き、その足で写真集「鎌鼬」を購入するべく本屋に走り、何件目かでやっと見つけて値段を見て驚愕し、 「写真家・細江英公の世界—球体写真二元論 」という本を買って帰った。
それから穴があくほど写真を見たけれど、まだ穴があいたという事は無いので、僕はもっと写真を見なきゃいけない。
さて、そんなことがあってずっとオリジナルプリントを見たい見たいと思っていたがようやく念願が叶ってプリントが見られた。
続く。
写真は一緒に見に行ったはっしーさん。
はっしーさんのBLOG はこちらへ。
あの日、夕暮れ、新宿で。
先日、およそ2年ぶりに新宿に寄った。
そうか、あの時新宿で先輩カメラマンに会って、食事をごちそうになって、なにかお土産を買って、島に帰ったんだった。
托鉢の僧がみせる視線の拒絶。
撮るものと撮られるもののこういう関係性も僕は好きだ。
2008/08/25
Pilobolus: A performance merging dance and biology
引っ越しにイベントの手伝いと撮影で、昨日までばたばたしていて、疲労困憊、今日は大事をとっておやすみ。
東京に来て何が一番辛かったって今のところ気温差。丁度急に寒くなった時と上京が重なったようで、石垣と東京では最高気温が10℃も違ってます。
昨日今日は特に雨もあって寒い事寒い事。
夏から一気に秋にやって来た様な感じで、体がついていってない感じです。
さて、それはさておき、ピロポラスと言えば影絵舞踏集団とばかり思っていたんだけれども youtube で面白いものを発見。
これは良い。びんびんきました。
写真撮りてぇ!!
2008/08/24
2008/08/21
写真に対する覚え書き。
今
ビクトリアへ訪れた子供が、風船で器用に作られた帽子を誇らしげにかぶる
今
駅で駅員が切符売り場の窓からひょっこり顔を出す
今
港で地獄針につり上げられたアバサーが息も絶え絶え空を見上げる
今
バス停で観光客がそれぞれの方向を見つめる
今
ドバシカメラで店員が客から求められた品物を、尻だけ出して頭から在庫棚を探す
今
水族館で赤子がイルカを見上げる
今
繁華街で、飲み屋の扉の前にいた猫が貴方の方を振り向く
今
夜市で托鉢の僧が祈りながら鐘を鳴らす
今
保見団地のブラジル人が喜びに声を荒げる
今
帯屋町のペットショップに、友人の兔を訪ねて野生の鳩が訪れる
今
郵便局で子供が簡保の旗に手を差し伸べる
今
今
今
今、写真とはそういう事だ。
写真の兄弟に出会ったのは4年前。
石垣島最後の撮影は、統合失調症を患う二人の兄弟。
また二人に会いに行くと約束した。
二人の物語をいつか語ろう。
そこに確かに彼らが存在したという証を残そう。
2008/08/07
哀しき熱帯
「何も持たない」という意味の名前を付けられた国の話。
僕はこの「何も持たない」国から来た青年から、この国についてのレクチュアを受けていた。日々は過ぎ、実際にこの「何も持たない」国へ前述の青年と訪れた。
都会を離れ、奥地へと向かう。
乾いた空気、刺す様な日差し、赤茶けた大地、まばらに生える木々。
ここに住む人々は強い日差しにから体を守るため、赤い土を体に塗り、申し訳程度に布きれを体にまとっていた。
青年は何かを恐ろしげに彼らを見つめる。
成人した男が、岩に腰掛けながら何かの肉を捌いていた。肉の足下は糞尿にまみれ、その糞尿の中で子供が何やら遊んでいる。
よく見るまでもなく、彼が今まさに解体しようとしているのは人だった。
既に上半身、肩から胸にかけて解体は終わったようで、そこにあるはずの首も、腕も無くなっていた。
生きている間に解体を始めたのか、足下には糞尿が垂れ下がっている。
青年は恐ろしげに、ここから僕を連れて離れようとする。
僕は人を解体する親子?の姿に釘付けだった。
その姿は美しさに満ちていた。
という夢を見た。
夢の中で、ときおり使ってきた「哀しき熱帯」という言葉がこういう事なのだろうと腑に落ちた。
遠く離れていた人々が出会う。
お互いを育んできた文化が出会う。
彼ら人を喰う人々の文化がどういうものだったか僕は知らない。
動物も捕れず、植物も育たない、その土地に生きる人々に戸ってそうすることは当然の事かもしれない。が、日本という国に生まれ育った僕からしてみれば酷く野蛮な事だと感じる事は出来るし、おおよそ、殆どの人々がそう感じると思う。
それぞれの文化に優越は無いけれど、ネットの網が世界を覆い、飛行機や船、車、利便性を享受する僕たちはいずれ彼らの文化を侵略し、淘汰してしまう可能性を持っているが、この事に無自覚でいられる。
夢だったけれど、これは遠い世界の話じゃない。
2008/07/30
物語を語るという事。
僕は公文大志であってその他でも誰でもなく、聖徳太子のように10人の人間の話を一度に効く事は出来ないが、身の回りの人の話を聞く耳は持ってる。
重ねて言うが、聖人君子でもないので自分の注意があさっての方向にある時、人の話を聞くべき耳は、役に立っていない場合が多々ある。
酷くムラがあり、気分屋だけれども、僕の人への興味は未だ尽きない。
男、女、どちらでもないマイノリティー。子供、大人、老人。
主婦の襟足、航空写真家の背中、ブライダルコーディネーターの生足、撮影コーディネーターの髭、境界性人格障害をもつ女のへそに開いたピアス、プロ棋士の目尻の皺、祖母の髪、中年デザイナーの目、webデザイナーの唇、看護婦の顎、舞踏家の頭の形、メディアアーティストの長いひげについたご飯粒、統合失調症患者の眉毛、漫画喫茶につとめる女の腰のくびれ、父の働く姿、ハーフの女の背中、大学教授のはげた頭、ドイツ人のメガネ、中年カメラマンの少し出た腹、カフェの店員の少し下がったケツ、医者の頭に巻いたタオル、弟のちんこ、友人のたるんだ腹の皮、南の島を流浪する女と子供の微笑み。
君の声。貴方の匂い。彼女の柔らかさ。
微細な部分にも全体と同じ特徴が現れ、自己相似性の海こそがその人であると感じる。その小指のつま先、その耳の穴の突起、その乳首にはえる一本の毛、その歯茎から出る血、その膝の裏にかく汗、デティールにまで人は人であり続ける。
写真家が artisan でなくartistでありたいのなら、ある物語の語り部であるべきだと僕は思う。ある写真家は南島の色彩を語り、ある写真家は空の神話を語り、またある写真家は近代という歴史を語ろうとする。
唯のカメラという機材オペーレーターでなく、写真家として、芸術家として、誇りを持ちたいのなら、物語の語り部としてある他に無い。
駆け出しの僕は一体何をこれから語ろうとしているのか?
何の語り部としてあり続けようとするのか?
その答えを、今まさにつかもうとしてる。
2008/07/21
海の日体験セーリング。
ヨットはやっぱり楽しい!
先日7月20日は体験セーリングが離島桟橋にて行われました。
これに僕も同乗し、写真を練習練習。
なかなか良い写真が撮れたかと思います。
Avanty 艇のオーナー今村先生のご好意で体験セーリング終了後サンセットクルージングを楽しむ事も出来ました。
ちなみに、写真は仕事仲間の渡辺さん。今回ヨットで写真の練習でもどうかと声をかけて頂きました。
今村先生、渡辺さんありがとうございました!その他の写真はこちら。
Flickr Photo set "Sea Day"へ
2008/07/16
台風とひまわり。
台風7号(KALMAEGI)が昨日発生。
17日の夕方から影響が出始め、18日は直撃する様です。
久しぶりの台風になんだか少し心躍る気がしないでも無いのですが、天気図を見ると石垣島直撃以降も台風は大きくなるようです。
先日撮影終了後にひまわり畑を見つけたんですが、ちょっと台風以降は満開のひまわりは楽しめないかも。
2008/07/15
ビーチでフラダンス。
フラダンスの先生でいらっしゃる新婦様の一枚。
砂浜での挙式の後、皆様に感謝の踊りをという事で踊ってくださいました。
感動の一瞬でした。
僕は舞踏やダンスを撮るのが好きで作品として幾度か舞踏家とのコラボレーションをした事があります。その他、バレエや沖縄舞踊のステージを仕事として撮影した事も。
やはり、ダンスって良いですね。
聞き覚えのあるような無いような、ゆったりとしたフラの音楽。
「私は森で、貴方は鳥」という意味の唄が流れるなか、優雅に踊る花嫁。
末永く、お幸せに。
2008/07/10
最近驚いた話。
石垣島ではブライダルフォト、そして雑誌の取材撮影等を生業にしている僕ですが、最近の驚いた話。
先日のビーチウェディングの撮影。新郎新婦お二人と話しているうちに、なんと、新郎様が大学の後輩である事が判明。
結構なマンモス校だったんですが、学部こそニアミスでしたが、同じ校舎で学んだ仲。しかも年も1つ違いで僕が先輩だったという偶然。
面識はありませんでしたが、校舎の何処かでスレ違っている可能性は大。
なおかつ、ここだけの話ですが当時付き合っていた女性と同じ名字で、新婦様の名前も似ているという偶然。
淡い青春時代を思い出し、じゃんだらりん、連発の楽しい撮影になりました。
お二人とも末永くお幸せに!!
2008/07/03
Taiwan 2 Japan
5月に行われた日中友好親善国際ヨットレガッタ。
オフィシャルカメラマンをやってました。
その時の様子をどうぞお楽しみください。
http://www.flickr.com/photos/cumon/sets/72157605936844185/
2008/06/27
2008/06/18
ハーリーその2。転覆ハーリー
ハーリーは集落毎のチームに別れて行われていたけれど、現在は多様化が進み、中高生、一般社会人のチームが参加する一般レースも開催されている。
もちろん伝統が廃れてきたわけではなく、ウガンハーリー、転覆ハーリー上りハーリーといった集落の代表が行う伝統的なレースが中心だ。
中でも面白いのがこの転覆ハーリーだ。
見ての通り、レース中にハーリーを転覆させ、そこから復帰し、ゴールへ向かう。
なかなか見応えのある一戦だった。
2008/06/12
初めてのハーリー、その1
石垣に来て4度目のハーリー。しかしながら、実は撮影の機会に恵まれなく今回初めて撮影出来ました。
爬竜舟と書いてハーリーは沖縄伝統のサバニ船で行われるボートレガッタ。
ユッカヌヒーと呼ばれる旧暦5月4日にハーリーは行われます。
2008/05/27
Yudo Nishioka
君は死ぬ。僕だってそうだ。これは現実だからだ。
僕らは何人たりともこの現実から逃れられないし、祈っても無駄だ。
いずれ、死ぬ。
-----クモンタイシ 2007年6月のミクシィ日記より
そろそろ一回忌が近づいていますが、いかがお過ごしですか?
こちらは梅雨に入ったはずですが、晴れた日が続いています。
あなたと初めて出会い、写真を撮り、去年あなたの死を遠い石垣島で知りました。
お会いした回数はほんの2・3回でしたね。
まさか、あなたの葬儀に遺影として飾られるとは思っても見ませんでした。
そっちのビールは上手いですか?
おそらくあと90年近くはそちらに行く事は無いと思いますが、行ったら一緒に酒を飲みましょう。一度でいいから一緒にお酒を飲みたかったんです。
改めてあなたの写真を眺めた時、やっぱりカッコイイと思いました。
写真は何も答えません。
ただあなたの姿を映します。
2008/05/12
佛の座
日本に帰ってきた。
台湾での取材そして撮影は、こんなにやりにくい仕事もあるのかと、愚痴の一つも言いたくなるような事が無かったわけじゃない。
毎晩記者さんと二人で愚痴り合って、悔しいけどがんばろう、目にもの見せてやろうって慰め合った。
日本に帰ってきてから、台湾での写真を大勢の人に見てもらった。
多くの人が、感動した。
日本人も台湾人も、カナダ人も、ドイツ人も。
中には、泣いた人もいた。
なにより、僕自身上がった写真を見て鳥肌が立った。
この時は撮った瞬間に直感があった。
持ち上げられ、ほめられ、感想を聞き、嬉しかったが、素直に調子に乗らない自分がそこにいた。ここ数日違和感を感じていた。
写真は確かに、面白いものが撮れた。少ないキャリアながらそれなりに目は肥えているつもりだ。その僕が自分の写真を見て鳥肌がたったんだから、面白いものがとれたと言って間違いない。
しかしながら、感動をし、感想を嬉々として伝えてくる彼らが見ているものと、僕が見ているもの、このギャップに僕は悩む。
彼らは言う。
「すごい!!本当にかっこいい!!実物よりかっこ良く見える!」
まさにその通りなんだと、いまさらながらはたと気がついた。
僕にとって現実の世界が、彼らにとって幻想の世界であるという事だ。
現実を擦り映した狂気の映像こそ写真の正体だ。現実を無自覚に拡張し充足させる。見る者の視線をまっすぐに受け止め、ささやかな幻覚でもってその姿を返す。
彼らが感動したのは写真そのものが持つ力であって、僕は呼び水でしかなかった。
なぜ今までこの力に僕は無自覚だったのだろう。
写真のが持つ力は僕の力じゃない。
撮る者の手を離れ、写真が写真としてそこにある時、撮る者の力は何も及ばない。
ただ写真を見る者の力がそのささやかな幻覚を享受する。
2008/05/04
台湾ロマン
僕の目から見て、台湾の街はあやしさ満点だった。
ビンロウ売りに意味の分かるような分からないような漢字。
この看板を見た時に何かこう、ロマンのようなものを感じた。
場所は台湾基隆から徒歩10分程度の古くからある風俗街。
日本だと、赤線と呼ばれるような場所だ。
薄暗く赤い照明。
店の軒先、あるいは窓の格子の中から若いか古いか分からないおそらく女性が、こちらに視線を送ってくる。
そしてこの看板。
ああ、なんて読むのだろう。
日本語の上と下という漢字をくっつけ、そして拉致の拉、これがOKってわけだ。
ああ、間違いない、ここはエッチなお店だ。
そう僕は確信した。
風俗童貞の僕は、どんなサービスがあるのかと、夢を膨らませた。
上下? 拉致? OK? ああ、なんて事だ!?
台湾で出来た友人の周さんに鼻息荒く訪ねてみた。
「あの字はなんて読むの?何のお店なの?一体あのお店で何が怒っているの?」
「ああ、カラオケです」
「ああっ!?」
「だからカラオケ」
「なんてことだ!!!!!」
2008/05/02
台湾で食い倒れ。
珍しく自分を激写されたのであっぷした。
撮影者の了承は得ずに事後承諾だけど。
写真撮影は尤利先生。
台湾の屋台で頑張ってごはんをたべようとしてたんだ。
英語が通じるかなと思いきや、そうそう通じるわけでもなくコンビニで若い子相手に話をすると No,64 が英語で通じなかったりする。
台湾語を勉強しておくべきだったと反省。
で、屋台でなんだかよくわからないお好み焼きみたいなものを発見したんだ。
おいしそうでさ、作ってるおばちゃんが甲高い声でいろいろ行ってくるんだけどさっぱりわからない。
「りえるいえらいhゔぁいh;あそらおpゔぁおいfじょ;:あいb」
よくわからないから、一生懸命指差して、「これ、これ、一つ!」っておばちゃんに言ったんだ。
そしたら、すごい野太い声で、
「わかった」
「え?(日本語?)」
「卵いる?」
「うん」
「ソースは?」
「欲しい」
「はいよ」
「・・・・マジうめぇ!! ッパネェ!!」
いや、それだけの話なんだけどな。
2008/04/30
2008/04/28
photowalker 時々 photowater
高校時代の同級生が石垣にやってきたので、潜ってきました。
2年ぶり以上の再会。
SHOPはこちら、石垣島スマイリーカフェ
http://smileyishigaki.blog98.fc2.com/
ショップオーナーの藤野さんはダイビングはもちろん、もともとプロカメラマンとして活躍されていた方なので、特に撮影関係にこだわっているダイバーさんにおすすめですよ。
2008/04/27
2008/04/18
2008/04/17
恋文。
彼女に出会って、その声と匂いを嗅ぐと、彼女の優しさを感じるし、ただ写真を見ても、彼女の優しさが本物であると再び、僕は直感する。
70を越えた彼女の人生がどのようなものであったのか、僕には想像もできないし、果たして今、彼女が存命であるかもわからないけれど、僕は時々、こうして彼女の写真を眺め、彼女の人生に思いを馳せる。
「昔のお客さんがね、子供を連れてきてくれるでしょ、最近はね、その子の息子が、おじいちゃんと一緒に来てくれるの。楽しいねぇ」
彼女の仕事は軽食屋台のオーナー。
僕と彼女の職種は違うけれど、彼女の働く姿に憧れる。
2008/04/14
2008/04/08
2008/03/24
携帯電話さん行方不明に
一の橋から飛び込むのをみたという複数の目撃情報から救急隊員が駆け付けるも、現在まで発見されず。
目撃情報によると、思いつめた表情で海を眺めていたという。
早急な救助が求められる。
03月24日 10:50 ごろには竹富島へ向かって泳いでいるのを見たと地元ヨットマンからの報告があり、03月24日 11:07 には波照間と西表の間で泳いでいるとの目撃情報がヘリコプターパイロットから得られた。
現在も引き続き捜索中である。
2008/03/21
2008/03/20
2008/03/04
便利なのかもしれない。
さて、どうだろう。
24日以降、4月5月の予定はまだ入ってないけど。
今年はたくさん予定が入りますように!
2008/02/29
2008/02/21
バベル : 航空写真家 野口克也の世界
彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」
創世記 / 11章 4節
亡くなった祖母は熱心なクリスチャンで彼女の墓石には「神は愛なり」と刻まれている。いつの頃だったからか祖母は僕に「何かったら祈りなさい。神様に祈りなさい」と言っていた。「包丁で刺されそうになった時にそれでも神様にお祈りするのか?」と訪ねた時は、「お祈りしなさい。神様が必ず救ってくださるから」と答え、幼くまだ素直だった僕は困った時にそうした物だが、相変わらず小学校ではいじめ通された。
神は死んだとニーチェは叫んだが、僕がそれを知る以前に僕は祖母の言葉を信じなくなった。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェが1882年の『悦ばしき智慧』の中で「神は死んだ、我々が殺したのだ」と叫んだ事と呼応するかのように近代と呼ばれる時代は黄昏を迎え、現代という時代が明け始める。
悦ばしき智慧の発表から21年後、1903年12月17日。
アメリカで双子の自転車屋がレオナルド・ダ・ビンチが1490年頃に描いたスケッチを現実の物とする。飛行機の誕生だ。そしてわずか4年後にはヘリコプターが誕生する。
それまで神と鳥だけの視座を我々は手に入れた。
(もちろん飛行機が誕生する前から気球は存在したが、機動力・輸送力を考えると飛行機やヘリコプターと気球ではそれこそ鳥と風船ぐらいの差がある。気球についてはここでは論じない。)
そして、ヘリコプターが生まれ100年がたった2007年。航空写真家 野口克也が描く世界は形而上学的な問いを我々に投げかけてくる。
圧倒的な映像、都市に巣くう蟻のような、どこかコミカルで、どこかグロテスクな人々のメタフィジカな姿。ひしめき合う建築群、その間を縫って未だに建築が続けられる難解なコンセプチュアルアート・高速道路。積層する文化と人々の生活をかつての神の視座から野口は見つめる。
人と人は分かり合えないし、寂しさからは逃れられない。絶望を前にしても、人は生き続け寄り添わずにはいられない。この現実を野口の写真は空から笑い飛ばし、慈しむ。
彼の写真から我々が見ているのは現在の東京であると同時に、かつて神が見たバベルの姿なのだ。
野口さんの写真はこちら・またはこちらへ
2008/02/09
空の神話
まさか、空撮がこれほど凄まじい映像体験とは思っても見なかった。
航空写真家 野口克也さんのご好意があり、アシスタントとして空撮に同行させて頂いた。
野口さんとはMIXIで知り合い、仕事で石垣島に野口さんが来島される事になり、石垣島で出会った。
僕がまだ若く経験も少ないカメラマンだからかもしれないが、職業として写真家を選んだのだけど、そこにはまず、写真家になるという選択がある。表現者として何を自分が語りたいのか、なにを語って行こうとしているのかという点で僕は思い悩む。
その点、野口さんの写真は言葉なくても雄弁に語る。
圧倒的な都市映像。どこかグロテスクで、時折滑稽な人々の姿。
そこに現れるのは大地への讃歌であり、人間の神話だ。
野口さんが撮影した写真は、BLOGの左側Favoriteからどうぞ。
また、空撮を考えている出版社の方々はこちら http://helitech.co.jp/ ですよ。
今回お世話になりました、株式会社ヘリテック・エアロサービス代表取締役 小川様、写真家 野口克也様、お二人にあらためてお礼を申し上げたいと思います。貴重な体験をありがとうございました。
2008/02/05
センチメンタルな梅田
阪急梅田駅の近くを通ったとき、はっと思い出した。
この水平エスカレーター前、僕はここで彼女に振られたんだった。
もう8年も前の話だったと思う。
当時の事を思い出し、ニタニタしながら梅田を離れた。
僕らもとうの昔に過去になり、思い出す事もなくなってた。
2008/02/03
メランコリーな対象
驚く事なかれ、僕のおばあちゃんは、僕が生まれた時からおばあちゃんだったんだ。
彼女と二人、僕の実家に帰った時、彼女は僕の昔の写真が見たいと言い、祖母と母が出してきたアルバムは、祖母が小さい頃、祖父が若い頃の姿が納められた古いアルバムを出してきた。「ちょっと、これは、昔過ぎるんじゃないか?」と、言いながらも僕らは僕の祖父母が若い頃、そして祖父母の父親、僕の先祖たちの写真を見ていた。
次第に今に近づき、母の若い頃、父の若い頃の写真が現れる。
さっと、目の前に前の父親と、若い頃の母親の姿が現れたとき、僕はどうして良いのか、わからなくなった。
写真は何も語らない、ただ若い父と母の姿を僕に見せつける。
なにか、別の人を見ているかのような、違和感。
梅田に来て、二つの結婚式を撮った。
一つは、9年前の、もう一つは今日の。
9年前の結婚式の撮影は、友人として頼まれ、そして、僕が初めていくらかの謝礼を頂いた初めての結婚式の撮影だった。
偶然、9年前の撮影も大阪だった。そしてやはり寒い一日だったと思う。
昨年二人の離婚を聞いた。友人として、二人の離婚に何も言う事はない。僕は二人を好きだし、二人が選んだ答えなら、僕は特に何も言う事はない。
ただ、二人の結婚が過去の物になったんだと、感慨深く思っただけだ。
当時まだ結婚していた僕の父と母の写真、二人は柔和に、幸せに笑っている。子供も生まれ、昇進をし、二人の目には若さと希望が宿る。
今日もまた、感動的な結婚式だった。
それを僕は写真に撮った。
いずれ、その写真は二人の手に渡り、二人の手から両親へ、そして、二人の友人へ、そして、二人の子供へと受け継がれて行くだろう。
写真とともに、過去を絶え間ない現在へと受け継いで行く。
酷くプライベートな写真は想起という非常に強力な力を持つ。
自分や、自分の家族や友人を写真の中に見つける事で、その当時の出来事を、想像し反芻する。
写真家の目によって、現在は、過去へなったんじゃないだろうか。
なら、僕は、今日撮る事で、一体何を語ろうとしたのだろうか。
これは僕の勘が鈍いのか、それとも経験が浅いからなのか、確かに僕は写真を職業としているが、なら、僕はそれで一体何を語ろうとしているのか。
ただ、もし、父や母が、あるいは9年前結婚した二人が、あるいは今日結婚した二人が、自分が幸せかどうか悩んだ時、僕には言える言葉が一つある。
二人が幸福の中に生きようとした事に関われた事を、僕は光栄に思ってる。
それと、大阪は寒い。